![]() |
||||||||||||
| トップページ > まちづくり啓発事業 > まちづくり講座 > 平成15年度まちづくり講座(専門コース) | ||||||||||||
| 平成15年度 まちづくり講座(専門コース) コース3 袖振れあうも他生の縁 〜まちづくり講演会〜 | ||||||||||||
| 講師として、一心寺住職で建築家の高田恭行さんと、近畿大学理工学部の久隆浩さんをお迎えして開催しました。 | ||||||||||||
|
||||||||||||
| 進め方は、[講演会] 高口さん、久さんのお二人にまちづくり活動実践事例についてご講演いただき、[質疑応答] その後、講演内容についての受講者からの質問に対してお二人それぞれにお答えしていただきました。[クロストーク]
また、受講者からのまちづくり全般に対する質問について、お二人でお話を展開していただきました。[交流会] 高口さん、久さんにも加わっていただき、受講生のみなさんが講師のお二人に直接まちづくりの相談にのってもらったり、受講者のみなさん同士がまちづくりに対する思いをザックバランに話をしたり、掲示板から情報を入手するなど、有意義な時間となりました。 今後もこういった交流の場を設けていきたいと思います。 |
||||||||||||
| ●講師プロフィール | ||||||||||||
|
||||||||||||
| 質疑応答・クロストークについては、X関西総合研究所 宮本三恵子さんにコーディネーターをお願いしました。 | ||||||||||||
| ●まちづくり講演会 講演録 | ||||||||||||
| 主催者あいさつ | ||||||||||||
| ●主催者あいさつ | ||||||||||||
大阪市建設局、まちづくり支援担当課長の谷口でございます。昨年度から、このまちづくり講座はスタートしておりますが、15年度は、昨年10月に基礎コース、この3月に、専門コースを開催しました。専門コースは、『まちの成り立ち』や『まち並み』といった視点で開催してまいりまして、本日は当講座の最後のしめくくりとして、開催するものです。 |
||||||||||||
| ●講演1「まちづくりの今とこれから・・・実践的まちづくり論」 一心寺住職・建築家 高口恭行さん |
||||||||||||
| 1.四住期(しじゅうき)とは | ||||||||||||
| 夕陽丘のまちづくりについて話をさせていただくわけですが、坊さんのコスチュームで来ていますので、ちょっと坊さん風の話からはじめたいと思います。 | ||||||||||||
| 1.四住期(しじゅうき)とは | ||||||||||||
| お釈迦さんが実在されたのは今から2500年ほど前、西暦紀元前470年の頃といわれています。 そのころのインドの人達の人生設計といいますか、どういう風な人生を送るかということを大まかにとらまえた言葉があります。日本語ではこれを「四住期(しじゅうき)」、と呼んでいます。 まず第1番目が「学生期(がくしょうき)」、第2番目が「家住期(かじゅうき)」、第3番目が「林住期(りんじゅうき)」、第4番目が「遊行期(ゆぎょうき)」、この4種を人生の基本的な時間構成、人生設計としていたと言われています。そして、今日もこれに近い発想をインド人は持っているといわれています。 さて、お釈迦さんご自身はどうだったかといいますと、13歳くらいまで、体育というようなことまで含めていわゆる、国語・算数・理科・社会みたいな勉強をしておられたようです。13歳で結婚したというのですが、インドでの結婚の時期は13歳ころに設定されていたようです。そんなのは大昔の話と思われるかもしれませんが、あのガンジーも13歳で結婚したそうです。ただ相手の女性はそれより年下で10歳くらいですから、性的な関係が成立するということではなくて、とにかく結婚を誓うという時期と言うことのようです。 お釈迦さんも「家住期(かじゅうき)」、つまり生産的な活動に従事して、家庭と子どもに関わって過ごす時期になりますが、29歳まで家庭人として過ごしておられるのです。お釈迦さんには子供がおり、奥さんも3人いたという―そう言う説があります。 その後、お釈迦さんは出家され「林住期(りんじゅうき)」に入ります。仏教の言葉では「樹下石上(じゅかせきじょう)」といいますが、森の中で苦行・瞑想する時期を6年間過ごし、ついに悟りをに達した。この時35歳。この35歳から80歳までが、いわば「遊行」でありまして、定住されることなく移動して過ごされた訳です。それはどこか。マガダという当時最大の都市とコーサラというもうひとつの大都市、日本で言えば江戸時代の大坂と江戸。距離的にもそれくらい離れた2つの都市を行ったり来たりしておられた。マガダにあるベースキャンプが「竹林精舎」、コーサラのベースキャンプが有名な「祇園精舎」で、この二つのベースキャンプの間を年ごとに移動し、その途中で出合った方々に説教するというような過ごし方であったと伝えられています。 |
||||||||||||
| 2.林住期の過ごし方 | ||||||||||||
| 今日は一体何の話なのか、怪訝に思っておられる方もいらっしゃるかもしれません。さて、問題は、「林住期(りんじゅうき)」という第一線からはリタイアしたが、遊行に出る訳でもなく、居住地域の裏の林に住んでいるというような「林住期(りんじゅうき)」の人々(高齢者ということになるかもしれませんし、お釈迦さんと同様にあまり高齢でない方かもしれません)が爆発的に増えつつあると言うことです。これを高齢化社会と呼んでいるわけであります。 バブルが終わるまでの高齢者生活イメージは、どちらかというと「遊行期(ゆぎょうき)」に近いものだったのではないでしょうか?お金をどっさりもってリタイアし、ヨーロッパ旅行に出かける、アメリカもあちこち周る。パックで地中海旅行にも出かける。世界中旅してまわる。大体こういうことが理想だったのではありませんか。住んでいる場所の近くの裏山に、隠居するなどというイメージはあまりなかった。ところが幸か不幸か、寿命がだんだん長くなってきて、そうすると旅行ばかりしているわけにもいかない。お金もそうむちゃくちゃあるわけではない。時間が余って来る。従って、ちょうど「林住期(りんじゅうき)」に似た格好で、地域でゆっくりと過ごしていかなければならないという事態が今、一般化しつつあるわけです。 たとえば、私は1940年生まれ、63歳なんで、同級生たちは半分くらいはすでにリタイアを迎え、残りも迎えつつある。つまり私達は「林住期(りんじゅうき)」を迎えようとしているわけですが、実は、いざとなると自分自身何をしたらいいのかわからないらしいのです。私は京都大学の建築学科卒で、同級生は、たとえば大林組の設計部の部長とか、つまり、リタイアしても能力的には非常に専門的な知識と考え方をもっている訳です。元建設省の高級官僚をしていて、結構あちこちで退職金をもらいまくったやつもいますが、そういった友人が、これからどうしたらいいのかなと言っている。私が坊さんなので、ひょっとしたら何か知っているのじゃないかと思うのか、私に聞いてくるんです。つまり「林住期(りんじゅうき)」をいったいどう過ごしたらいいのか、と言ったことを聞くわけなんですが、私自身もはっきりと分かりません。ひょっとしたら昔の人はわかっていたかもしれません。ところが最近は「林住期(りんじゅうき)」という、地域の裏の林の中で過ごしているという存在形式がどうもはっきりしない。いろんなことを考えているうちにたどりついた言葉があります。それが「趣味のまちづくり」。これが本日のキーワードです。 |
||||||||||||
| 3.趣味のまちづくりとは | ||||||||||||
| ここで言うまちづくりは「趣味の」でありますから、大阪市が都市計画を行うと言った公共事業的意味合いをもっているわけではありません。個人が、しかも何かお金をもらってまちづくりの仕事をすることではなく、バラをつくったり、盆栽をつくったりするのと同じように、まちづくりという行為をする。実は、このことが非常に大事であると私は思っているのであります。 趣味のまちづくりという言葉の第一義的な特色とは、ボランティアということであります。このことはつまり、まちづくりというテーマについての、これまでのとらまえ方とかなり違うと私は思っています。私はご紹介にありましたように、奈良女子大におりました関係で、例えば大阪市のまちづくりのなんとか委員会といったところに呼び出されて、いろんな論議に参加させて頂きました。そう言った場面での基本的な問題の一つに、大阪市あるいは府が、大阪市民・府民のために、大阪の文化をもっと活性化しなければならない、、、、と言ったことがありました。この文脈の中に、まちというものも含まれてくるわけです。私はそのことをいろいろ議論しながら、不思議でしょうがなかった。そんなことは人にやってもらうようなことなのか?文化とか町の活気みたいなものを他所に頼んでどうしようと言うのか? 昔、大阪のまちで「まちづくり」をやってきたのは旦那衆であります。ところが、今、まちづくりについて議論をする時に、大学の教師―つまり部外者である私が、大阪市という「組織」に向かって、組織的に文化を活性化せよという。実際には誰に何をしてもらうことなのか、そのへんが全くわからない。そのことを長い間考えた結果、「文化というのは私自身のことです」という結論にいたりました。昔の旦那衆がそうであったように、大阪の文化という言葉について何か語ることがあるとするならば、それは「私が文化だ」ということでしょう。町とはつまり私の家、私のお寺のことであって、それが対世間的にプラスの働きをするかどうか。 先ほど、建設局の谷口さんがおっしゃっていましたが、いろいろと市がやらなければならないことを高口さんがやっているように見える、といったことを言って頂きましたが、私に言わせればこれは市のやることではないのです。市がやることではなく、私がやることだと。文化とは「私が文化」である、極論すれば大阪市に文化を論じてもらう必要はないのです。私が文化であり、文化人であり、そしてまちそのものであるというふうに規定をしなければならない。これが「趣味のまちづくり」とあちこちで言っている事の第一の条件です。従って、集まった方々に一緒に文化人になろうやないか、一緒にまちをつくろうやないかということをいっている。これが第1点であります。 第2点はこの「趣味のまちづくり」の中身を、もう少し具体的に申しあげたいと思います。ここに、建設局作成の「みんなで一緒につくるまち」という冊子がありますが、この中に、「まちづくりに利用できる様々な制度」とあります。第一に市街地整備という、いわば区画整理手法でお助けできますよということが書いてある。第二に共同建替えの促進。小さい家がぐちゃぐちゃとならんでいた所を、立体的な建物に建て替える。第三に、地区計画。限定した地区で特別なルールを決め、例えば道路から建物はどれだけ下がりましょうかとか、決まった樹木を植えましょうとか、ルールとして認定されてまちづくりの足しになる。これら3っつの手法が書いてある。 しかし、たとえば私の住んでいるところにこれらの手法をあてはめようとして見ると、どれもピンと来ません。区画整理については、隣接の道路が昔は細かったのですが、今はすでに太くなっています。ごちゃごちゃしたところもありましたが、今はちゃんと道路も広くなって区画が歴然としている。小さい建物を合併して立体化するといったことも、ここらでは必要であるとは思えない。こういうことが一般的に必要だったのは、あまりいうと悪口になりそうですが、かなり昔だったのではないかと思います。第2次世界大戦の後、つまり焼け跡時代の後にこういったことが必要であったわけです。それから道路に自動車がどんどん走り出したときに、それまで馬車や自転車しか通らなかったところに、車がどんどん走り出した。したがって道路を広くしなければならない。そのころには必要だったまちづくりの手法だったわけです。それから、バラックがごちゃごちゃしていた時期があり、これを何とか建て替えなければならないという時期もあった。しかし今、私達が考えているまちづくりというものは、こんなこととは全く違う、もっと「美しい」まち、あるいはもっと「活気のある」まち、あるいはもっと「魅力的な」まち、、、そういうことであります。私は建築家も住職も仕事の第一線からリタイアしたら、「趣味のまちづくり」に生きようと思っております。こういうような発想からすると、区画整理だとか、建物の建替制度だとか、あるいは地区計画なんか言ってもらってもあまり嬉しくない。私はそんなことをしたいわけではありません。私がやりたいのは、「美しいまちやなぁ」と、通りを通る人がみんな言ってくれるようなまちの姿形を何とかしてつくって、そして大いに自慢しよう、大いにまわりの人から褒めてもらおう、そしてそれをやったのは私なんだということを自慢しようと、思っているわけです。公共自治体がいうところのまちづくりと全く違うという意味で、その違いを際立たせるという意味で私はこれを「趣味のまちづくり」と呼んでいるわけです。こういう趣味で、喜んで、嬉しくて、自慢したくてまちづくりをしようと思っている人は、私は結構いると思っています。ただそのきっかけであるとか、どういう風にというのがわからないのであって、あとの議論にもなりますが、大阪市など公共団体に後押ししてもらうことがあると、「なんでお前に言われなあかんねん」と思ったりする人に対しては「市も言ってるねん」というのがなかなか便利なわけです。そういう「公共性」の隠れ蓑になってほしいとか、情報をちょっとほしいなど、いろいろな形で趣味のまちづくりの支援をして欲しい訳ですね。 |
||||||||||||
| 4.夕陽丘プロムナード計画の誕生 | ||||||||||||
| お手元に「夕陽丘プロムナード計画」という冊子をお渡ししています。これは1997年に私が仲間とつくった私の住む大阪市天王寺区の夕陽丘付近の「趣味の町づくり」構想です。表紙の写真になっているお寺と緑の丘の風景が私が特に気に入っているところなんです。この場所「夕陽丘」を大阪の歴史と文化と緑の中心的な場所にしようと。まだオリンピックが来るとか来ないとかいっていた時期につくったパンフレットですが、たとえばオリンピックに外国からたくさんお客さんがやってくる。スタジアムへ行ってゲームを観る。その後、大阪を観光したいとその人たちが言った時に、ユニバーサルスタジオジャパンだとか、海遊館だとかに連れて行くようでは、それは大笑いですよ。海遊館と同様のものは世界のあちこちにある。世界中どこでも同じコカコーラみたいに世界中でほとんど同じものが見れる。あれが大阪にあって悪いわけではなく、市民としては非常にありがたく、いいものだと思っていますが、「大阪らしい」ものではない、世界文明といっていいような、コカコーラみたいにどこへいってもあるといったもの。ユニバーサルスタジオジャパンは、どこにでもあるといったことはありませんが、言わば大阪とは無関係のものです。しかし夕陽丘のこの場所は、ここに行きなさいといったときに初めて、例えばアメリカから来たおばちゃんは納得をしてこの辺りをぶらぶら散歩する。そして大阪がなかなかいいところだと言って帰っていく。そういった大阪の個性の場所がなければならない。そんな感じで夕陽丘にプロムナードをつくりましょうということで、このパンフレットをつくりました。ちなみに、私がこれをつくるきっかけになったのは、先ほど挨拶をされた大阪市建設局の谷口さんで、上町台地の一角にあり、私のいる一心寺が含まれている夕陽丘は大阪市の風致地区にかかっている。都市計画公園地区という制度もほとんど同じ場所にかかっている。さらにそこに歴史の散歩道、いわゆる散歩道計画がオーバーラップしておりまして、この場合、京都で言えば清水、嵯峨野ですとか、奈良の奈良町とかと同じような扱いをされてもいいかなと思うようなところなのですが、一向に何もやってくれないやないか、どうなってるねんということを谷口さんに言ったわけです。それに対して彼の言い分は「そういう意見があるなら、地元から声をだしてもらわないことには…」と言うわけです。あっそうなのかと、その時目からウロコが落ちた思いがしました。なるほど確かにそうだ、地元が何も言わないことを市役所が勝手にやってきて、できるものでもない。わかりました、それなら私がやろうやないかということで、つくった、言わば要求書がこれ(夕陽丘プロムナード計画)です。これをつくって随分配って残り少なくなっています。97年からあちこちにばら撒きました。大阪の中の夕陽丘という地区が非常に重要であるということを私なりに言いふらして、しゃべりまくってきました。この場所でまちづくりのようなことをしようといっている人の数も増えました。新聞、テレビなどの注目度もかなりあがったと私は思っています。市役所さんのほうで坂道を整備していただいたところもあります。 | ||||||||||||
| 5.夕陽丘ゾーンの美しさ・活気・魅力 | ||||||||||||
| 私の夕陽丘の基本的なイメージは、大阪の鎮守の森みたいになってほしいということです。 この場所は、例えば奈良町とか京都清水寺近辺とかの古い木造の町屋建築と町並みが問題になるところなどとは全く性格が違います。ここでは樹木が主役になるべきだろうと思います。ゆたかな緑が存在しているのにそれが視覚から隠れている。また、ここにはたくさんのお寺が集積していて、有名人のお墓がたくさんあります。しかし、この歴史と人物の物語は、語り継がれる事が少ない。樹木も歴史も隠された台地、、、なのです。 アメリカ東海岸の古都ボストンに、大阪の「歴史の散歩道」と同じような道のネットワークがあります。そこの中に登場する独立戦争にまつわる人々の物語は、日本の昔の講談物語みたいに広く知られているわけです。ところが、日本の講談物語りは戦後、ほとんど切り捨てられてしまったように思います。例えば、一心寺の向かいに安居神社という神社があります。ここにまつわるエピソードの一つは菅原道真に関するものであります。菅原道真がここで何を、となると今では誰も知りません。もう一つは真田幸村に関するもので、大坂夏の陣の時に、ここで討ち死にをしたと言われています。真田幸村のこの場所でのエピソードを知っている人もほとんどおりません。しかし問題は知らないことではなく、たとえば、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道であります。戦後の「歴史」教育では、猿飛佐助、霧隠才蔵など、架空の人物の話は全く問題にされません。猿飛佐助だけが漫画やアニメに登場するため、結構知られている。猿飛佐助なんていうのは講談の嘘っぱちだと、おそらくみなさんも思われると思いますが、人物史を調べている方に言わせると、猿飛佐助は実在し、大坂城攻防の配陣図の中に「猿飛佐助」と言う名前が真田大助の横に書いてあるというような、、、、実際にいたらしいという話がありますし、一心寺で毎春やっている「なにわ人形芝居フェスティバル」の時には、私は真田幸村の子孫だという人が、ちょんまげ姿で来られ、一帯をパレードして下さる。まあ、そういう真田幸村が討ち死にした物語みたいなものが、私の住んでいる向かいにあって、そこで猿飛佐助が活躍したのだと思うことが、私にとっての美しさであり、活気であり、魅力なわけです。そういう生き生きした追体験のある空間であることが重要なのです。アカデミズムの歴史も重要ですが、空間的歴史はエピソード・伝説こそのぞましい。 こうなってくると、これまでのアカデミズムでは難しいところがあるわけで、いわば語り部的な発掘作業が必要になってきます。そういう歴史の発掘、そういうことをやるべきである。モひとつは先ほど言った緑ですね、それと歴史の発掘と顕在化、そしてみんな手に手をとって、歴史と緑のフェスティバル、お祭りみたいなものをやる。このあたりが私にとっての「林住期(りんじゅうき)」における、嬉しく、楽しく、やりがいのある趣味のまちづくりである。少しスライドをお見せしますので、それを見ていただいて、具体的な形をごらんいただきたいと思います。 |
||||||||||||
| 6.スライド上映(一部、省略しました) | ||||||||||||
| これが今の一心寺です。 * * * 昔はこのような山門がありました。 * * * さきほどのが戦前あった門、これが戦後焼け跡になった時に造られた門です。 * * * これをごらんいただきたいのですが、こういう風な状況になるわけで、昔ながらというわけにはいかない、これでこそ一心寺の今日の山門として機能しているわけです。この状況を背景にして、これをもっと広げて、夕陽丘一体を大阪の鎮守の森にすると豪語しているわけです。 * * * 夕陽丘という地名が物語りますように、上町台地のこの夕陽丘一帯につきまして、夕日というものが、非常に大きなアイデンティティになっています。この夕日というものをどのように空間に、あるいは私たちの活動に結び付けるかということが、キーワードになると思われます。 * * * これが一心寺の横に最近できました三千佛堂というものでありまして、この下に一心寺シアターという空間があって、一心寺は、若者、活性化そういったことに関わっています。お堂では千体の仏様を少しずつご寄付していただいて一体ずつ造立し、百年もすると千躰になると言う仕組みになっていますが、実はこの仏様にお金を稼いでいただいて、そのお金でまちづくりとか、活性化という活動を継続したいと、、、。 * * * 人形芝居フェスティバルというイベントをやっています。毎年4月の第1日曜あたりでやっていて、今回はこの4月の4日にやります。一心寺と下寺町25軒のお寺、そのほかの社寺をあわせて30数軒でやっています。このことを通じて、お寺どうしが一緒にまちと関わろうじゃないかといった話をしているわけです。 お寺は大から小までいろいろですが、子ども向けの人形芝居番組ならば大小どういうところでもできます。ちょっと手の込んだ、文楽の若手の人が指導に来たりするやや大掛かりなケースもあります。 * * * 第1点は、30から40軒のお寺の坊さんたちが、「夕陽丘」と言う場所について語り合っているということが重要なことです。 第2点は、檀家さんには開いているが、檀家でない方には閉まっているお寺の門を、もっと開放してもらおうじゃないかという、言わば「開かれた寺」の運動でもあるわけです。 * * * 一心寺の出発点は、法然上人と後白河法皇が夕日を拝んだこととかかわっています。 大阪の夕日は明石海峡に落ちるというところに特色があります。そこに非常に摩訶不思議な部分があります。 * * * これは江戸時代に一心寺を描いた絵巻物ですが、明石海峡に夕日が落ちるということがかいてあります。 (スライドおわり) |
||||||||||||
| 7.まとめ | ||||||||||||
| 「趣味のまちづくり」ということ、このことをやるのにどうしていったらいいかというので、今思いつく限りのことをできる範囲でやろうとしています。資金は仏様に稼いでもらっています。今後の計画では、もう少し多方面的な人の参加と活動の展開といいましょうか、切り口をどう広げるかという方策を考えていきたい。どうもそのための手がかりは、「食い物」じゃないか?。「救い主はメシや」とは駄洒落ですが、、、。 とりとめのない話でしたが、お尋ねのことがありましたら、後ほど別にうかがいたいと思います。どうもありがとうございました。 |
||||||||||||
| ●講演2「交流の場からはじまるまちづくり」 近畿大学理工学部社会環境工学科 助教授 久 隆浩さん |
||||||||||||
| 1.気軽なまちづくりへ | ||||||||||||
| こんにちは。久でございます。 先ほどの高口先生の話を受けて、気楽なまちづくりをどうやって進めていったらいいのかという話をさせていただこうと思っています。 |
||||||||||||
| 1.気軽なまちづくりへ | ||||||||||||
| 今までのまちづくりというのは、肩に力が入りすぎていたんではないかなという気がしまして、もう少し肩の荷をおろしたまちづくりができないか、ということをここ数年いろんなところで仕掛けをさせていただきました。今日はその話を聞いていただけたらと思っています。先ほど高口先生のお話の中で、今までのまちづくりのやり方は古いんじゃないかなというお話がありました。私の話も多分、そういう話になると思います。 私がまちづくりの現場で仕事をさせていただくようになってもう10数年経つわけですが、阪神大震災以降、急に現場からのまちづくり、あるいは住民のみなさんが自らまちづくりをやるのが進んで来たのではないのかなと思います。 先ほど高口先生のお話にあった、「行政にやってもらうこと」についてですが、その話で言いますと、これも数年前になりますが、御堂筋の活性化をしたいというグループがございまして、その方が私の研究室に相談にみえました。事務局は某企業の設計部の方が引き受けておられまして、私と知り合いだったので、ちょっと知恵を貸してくださいということで、お見えになりました。その時に事務局の方がおっしゃるのは、「みんなでがんばって絵を描いて、行政に提案して何とか行政にやってもらおう」とおっしゃるので、私が申し上げたのは「ちょっと違うのではないですか。まずはみなさんで何ができるのかということを、考えていただいて、少しずつでもできることを積み重ねることで、まちは動いていくんではないでしょうか」という話をさせていただいて、それが今の御堂筋まちづくり協議会というものにつながっていっております。まず、行政に提案して、行政のお金で行政の力でやってもらうのではなくて、自分たちでまず何ができるのか、小さなことからやっていこうという形で、今はまちづくり協議会として動いていらっしゃいます。 もう1つ高口先生のお話を受けて、お話をさせていただきます。地区計画とか、土地区画整理事業とか、いわゆるハードなまちづくりが今までまちづくりと思われてきたけれど、それはちょっと違うのではないでしょうか、というお話がありました。実は来年度、大阪府の建築都市部の補助金で非常に面白い補助金が出来ることになりました。名前が「ご近所の底力向上社会実験」、どこかで耳にしたフレーズなのですが、ご近所の底力向上のために社会実験をしましょう、それに支援しましょうというもので、社会実験の内容は、防災でも、防犯でも、花のまちづくりでも何でもいいから、まずご近所の力をつけて、その力でまちづくりに備えてくださいというかたちで、1件100万円くらいで、まずは3件について、今年、お金を差し上げるというようなことになっています。ただ建築都市部というところでお金をつけますので、単にコミュニティがよくなっただけでは認めてくれないわけですから、最終的にはそれはハードなまちづくりにつながっていかなければならないというような条件がついています。担当者の方は、できるだけ幅広に考えていて、ご近所が仲良くなったり、何かそれでまちづくりのとっかかりとして動いたりしたらいいんじゃないでしょうかとも思ってらっしゃいます。しかし、いずれにせよ形式上は、建築都市部というところが補助金をだすということなので、何らかのまちづくりとのつながりが必要とならざるをえません。 先ほど、大阪市建設局の谷口さんがごあいさつされましたが、高口先生が悩んでらっしゃるのもそうですし、私のほうに相談に見えられる方のお話もそうなのですが、まちづくりをみなさんと一緒にやっていくと、ハードなまちづくりと違うところにいってしまう。先ほど高口先生がおっしゃったようなソフトなものも含めて、総合的なものにまちづくりが行ってしまうものですから、みなさんにお声をかけている建設局のまちづくり支援担当が、文化のまちづくりですとか、ご近所の力向上だとかというものに支援をするべきかどうかという議論が大阪市のなかでもあります。みなさんと一緒に、またみなさんと違うところで議論させていただく問題かもしれませんが、私が考えているまちづくりというのは、より総合的なまちづくりを考えております。 さて、なぜ私がそういうことを考えるようになったのか、今どういうことをやっているのかというところをお手元の資料をもとに話を始めたいと思います。 10数年前、私がまちづくりを始めた時は、もともと専門が都市計画ですから、住環境の整備とか、区画整理だとかハードのまちづくりをやるというところと一緒にまちづくりをやっていたのですけれど、だんだんそれだけではいかんだろうと自分自身思ってきわけです。なかなかハードのまちづくりというのは難しい。私が今一番長くおつきあいしているのは豊中市のまちづくりですけども、豊中市は大阪市と同じように、まちづくり支援制度をもっています。協議会になりましたら、3年間に毎年100万円ずつ補助をいただけるという、こういう制度をもっているのですが、10年くらい経って、協議会の設立に至ったのは3つの地区しかありません。協議会予備軍は18地区くらいあるわけですが、なかなか協議会にならない、あるいはなれない。それはなぜだろうかというと、大きな壁があるわけです。大きな壁は何かというと、まちづくり構想を描くという義務が生じる点にあります。単なる絵だけなら誰でも描けるわけですが、他人の土地に絵を描くわけですから、その土地をお持ちの方が納得してくださらないと、勝手に構想は描けません。ここが一番大きなハードルだと思います。自分の思いは描けるんだけども、他人の方の土地の上に絵を描くわけですから、それをその方に納得していただけるかどうか、この壁が非常に大きいわけです。何千軒という方がそこの地域にお住まい、あるいはそこで商売をされている、そういう方の土地の権利が絡んでまいりますので、相当難しいのです。いわゆる合意形成を図ることが非常に難しいので、なかなかまちづくりが進まないということです。これはハードなまちづくりだからこういう問題が起こるのだろうと思います。もっとそんな固いことを言わないで、まちづくりの最初のスタートを切れないかと、私自身も悩んでまいりました。これがひとつの理由です。 もう1つ、今のまちづくりを考えていくことになった理由があります。ここ5年ほど前からですが、大阪の八尾市を中心に、自治会活動をやっていらっしゃる方のお話を聞く機会がございまして、実は昨日の晩も連合自治会長さんが集まって話をする場面を一緒に集まってやってきたわけですけれども、「なかなか地域活動がうまくいかない」というお声をいっぱい聞くようになってきました。それはみなさんのご近所でもそうだと思うのですが、声をかけてもなかなか集まってくれない、一部の役員だけが一生懸命やっていて大変だ、というお声。何とかたくさんの人たちに地域活動に参加をしてほしいけれども、そうはなっていない。さあどうしましょう、というご相談をうけるようになりました。私自身、いろんな市民活動、地域活動をお手伝いさせていただいていますので、地域活動に入ってらっしゃらない方の声も聞きます。そうするとまったく無関心という方もいらっしゃいますが、関心を持っていてもなかなか入れないんだというお声も聞く。その1つがどうすればいいのかわからないというものです。きっかけがどうも見つからない。自治会活動をやっていらっしゃる方に言わせると、自治会に飛び込んできたらいいじゃないですかというんですが、そこも壁を感じてすぐには飛び込めないというような状況がある。少し話は脱線しますが、先ほど高口先生の方から、定年を迎えたらどういう生き方をするかという話がございましたが、大阪府内のある公民館でおもしろい講座を開いています。「趣味のない人の会」というのをやっていらっしゃるんです。公民館というのはだいたいサークル活動とか、趣味の会がたくさんあって、例えばお茶をやりたい、ダンスを習いたいという方が、公民館活動に参加されます。すでに趣味がある、あるいはこれから趣味をはじめたいという目標、目的が見つけられた方というのが公民館活動に参加されるのですが、時間はあるけれども、何をやっていいのかわからない、とりあえずどこかに行きたいという人が結構おられるが、なかなかその機会がない。そんな方に来ていただこうということで、「趣味のない人の会」というのをやっていらっしゃいます。なんとこれが人気を博して100名近い方が集まられます。みなさん方のように、何かをやりたいということを感じはじめている方は、すぐにいろんなことを始めたり、門をたたいたりされるのですが、実はそこまで至らないという方もまちの中にはたくさんいらっしゃいます。そういう方々がきっかけを求められていらっしゃるという事実が一方であります。しかし、何でそんな方が自治会活動に飛び込まないかというと、参加すれば大変になるということがあるからです。自分のペースで、あるいは自分の好きなことをやれたらいいけれども、地域活動というのは義務でやらなければならないことがたくさんあって、忙しくても時間を割かなければならない、あるいはちょっと自分は気が進まないけれどもやらないといけない、こんなことがたくさんあってなかなか入りづらくなっていくということです。言い方を代えると、自分のペースでやれるというのではなく、入るか入らないか、0か1かの判断しかできないわけです。入ってどっぷりやるか、入らないで一線を引いておくかどちらかしかない。入ってちょっとだけ手伝いたいという方には、なかなかそうはなっていかないという状況があるのではないかと思います。 この2つのことをずっと考えてきまして、どうしたらいいかということを私自身も悩んでまいりました。先ほど谷口さんのあいさつにもありましたが、「何や簡単やん」と思ってしまったわけです。今の話を逆にしたらいいんです。つまり、やらされたくないことをやらされてしまう、そうではなくて、自分がやりたいことができるような場面をつくればいい、あるいは役員ばかりががんばっているけれど、そうではない人たちが参加できる場面をつくったらいい、こういうことができないだろうかということを考えてまいりました。 |
||||||||||||
| 2.地域における交流の場づくり | ||||||||||||
| 交流の場って何だろうかということですが、地域で定期的、だいたい月1回ペースで集まっているのですが、月1回集まるだけという場所をつくるんですね。ただ集まってみんなでワイワイガヤガヤやれるような場所、こういうものをつくってはどうかなというように思っています。具体的には「まちづくりラウンドテーブル」という名前で、八尾市で交流の場というものをつくらせていただきました。こういう仕掛けを組み立てさせていただいたきっかけは、八尾市の方と議論をした中で思いついたのです。八尾市の「まちづくりラウンドテーブル」は29の小学校区ごとにラウンドテーブルをつくろうという話になっています。まだ2つの小学校区でしかできあがっていないのですが、徐々にみなさんと一緒につくっていきたいと思っています。去年の6月くらいからは交野市でも「まちづくりラウンドテーブル」と同じような名前で始まりました。交野市は人口10万人弱ですので、かなり規模がコンパクトな市です。交野市の場合は、全市で1つです。規模的には八尾に比べかなり大きくなっているのですけれど、全市に1つの「まちづくりラウンドテーブル」というものをつくりました。川西も去年12月くらいから3つくらいの地域で始まっています。出来立てホヤホヤですけれども、枚方ではこの3月にできあがったばかりです。ここも月1回、枚方は人口40万強ですが、ここもまずは全市で1つ始めませんかということでスタートしました。呼びかけ人は少しずつ違うのですけれども、八尾の場合は地域の方が呼びかけてくださっています。枚方の場合は「ひらかたNPOセンター」というところがございまして、NPOセンターが中心となって呼びかけをしてくださっております。いずれも「まちづくりラウンドテーブル」という同じ名前をつかっております。名前はちがいますが、吹田市では「北千里地域交流会」という形で月1回やっています。「北千里地域交流会」は少し毛色が違っていまして、呼びかけ人は地域の商店街の方々です。商店街の方々が呼びかけてくださって、地域の活動を担っている様々な方々が集まっていらっしゃいます。実は大阪市にも住之江区にございまして、これは2ヶ月に1度ですが、「まちづくりフォーラム」という形で、これもワイワイガヤガヤやっています。それからこれも出来たてホヤホヤですが、3月から東大阪市の若江岩田地区で「わいがや会」という形でやりました。集まって何をしているんですかということですが、本当に集まってワイワイガヤガヤしているだけなんです。今までなら、会合をやると何か結論を出さないといけないだとか、意思決定しなければならないと思ってしまうのですが、本当に集まってワイワイガヤガヤするだけです。「ほんまにそんなんでいいのか」という声も聞きます。実はまちづくりラウンドテーブルという名前をつけさせていただいたときに、「ラウンドテーブルがカタカナなのでようわからん」ということで、もっと日本語の名前がないだろうかということで議論をしました。私は「井戸端会議」というのを推したのですが、井戸端会議という名前をだしたとたん、ある男性の方が「井戸端会議やったら、俺、行けへんで」と言ったんですね。「なんでですか」と聞いたら、「あんなんに行っても、2時間経って何も決まってない、何の役にも立たへん話し合いやないか。そんな会議には行く必要ない。」という話がありまして、「まちづくり井戸端会議」だとその方が来られなくなるなということになりましたので、これはまずいということで、井戸端会議は却下となりました。輪になってワイワイするから、円卓だとラウンドテーブルなのですが、「円卓会議」という案もありましたが、会議という言葉が固すぎるのですぐ却下されました。「会議と違うぞ」ということで会議はだめだろうと。「まちづくり円卓」ではわけがわからなすぎるので、わけがわからないついでに「ラウンドテーブル」にしようか、ということで「まちづくりラウンドテーブル」に落ち着いたわけです。2年半ほど前の議論でしたが、私は今だったら自信をもって「井戸端会議にしましょう」と言えるのですが、当時はうまくいくか、自分でも自信を持っていませんでしたから、なかなか井戸端会議というのを押し切れなかったのです。東大阪が非常にユニークな名前をつけてくださって「わいがや会」という、これはなかなかいいんじゃないかと思っています。もう1つこの話を持ち出すと、「何やそれは」「結論を出さないので、話が流れてしまうだけではないのか」と言われることがあります。私は2年強、いろんなところでお手伝いしてきて、100回以上の会合にお付き合いしてきているので思うのですが、話は流れません。話が流れないポイントというのがあります。これは後ほどお話ししたいと思いますが、結論は出さなくても、着々といろんなものがそこからうまれてきたり、活動につながってきています。それではその交流の場というのは、一体何を目的でみんなが集まっているんだろうかということですが、結論は出しませんし、意思決定もしません。今までの会議は何か結論を求めるために会議をしていました。何か決めるために会議をしていました。でもここでは何も決めません。そこに集まって、話をすると仲間が見つかる。つながりができる。これが最大の目的であり、最大のポイントなのです。仲間さえみつかれば、何とかなるということなんです。典型的な話をすると、2時間ワイワイ話をすると、だいたい7時から始まって9時に終わるのが多いですが、9時に終わっても誰も帰りません。少なくとも15分はどこかで誰かが立ち話しています。それはなぜだろうといいますと、結論を出しませんから、30分意見交換して、「そろそろ次のテーマに行きましょうか」という話で自然に次のテーマに移るわけですが、「あの人の話をもう少し聞きたい」という方が必ずいらっしゃるわけです。そんな方は9時に終わるとその方をつかまえて、その話をもう少し聞きかせてよという話になって、そこで4,5人の小さなグループがうまれる。あるいは、あるグループが「私たちこんな活動やっていますよ」という話をしてくれると、ほかの方が「それ、私たちも考えていたので一緒にやらない?」という話になる。「今は時間がないから、次に別のところで集まって、話をしましょうか」ということで、次の別の会合の打ち合わせをしている。そういう形で、きっかけさえあれば、みんなが勝手に結びついていくわけです。そういう結びついていくための場所をつくりたいというのが交流の場なんです。それだけでいいんだと思います。ところが今まで、そんな場所が地域にあまりなかったんじゃないかと思います。何か人の話を聞きたい、あるいは自分の話を言いたいと思っても、地域の中にそんな場所がありそうでない。先ほど役員の人ばかりが集まると言ったけれども、そんな会議をやっているから役員の人しか入れなくなっちゃっているわけです。地域にしても、PTAにしてもそうです、商店街にしてもそうです、自治会にしてもそうですが、役員会は定例的にいっぱい開かれているわけです。ところが何の肩書きもない人がブラっと行って、人の話を聞いたり、自分の話をしたりという場面が、案外まちの中にはないんです。それから、みんなグループごとには一生懸命活動されていますけれども、グループの会合があっても、他のグループの人と出会う機会というのは案外ない。だから同じような活動を地域の中で別の日にやってしまったりするということもある。ブラっと来て、仲間を見つけるという機会がないことに気がついて、それを定期的にやりませんかというのが、交流の場なんです。ここまでできれば、それだけでいろんな話が盛り上がります。交流の場の原則は、「結論を出さない」ということが一番重要なポイントなんです。ある会合でこのお話をさせていただいたら、「結論が出そうなときでも、出したらあかんのですか」と言われて、「それはちょっと杓子定規ではないですか、結論が出るんだったら出してください。別に出せる結論を置いておくという話ではないですよ」という話をしました。結論を出すことが目的ではないという話であって、結論が出るなら出して下さいと言いました。結論を無理やり出さないというのが大きな原則です。 あと2つ原則があります。1つが「肩書きをはずして参加しましょう」ということです。これは先程の話の延長でわかるかと思いますけれど、役員さんが集まる場所はいっぱいあるけれども、役員でない普通の人が集まる場所というのはなかなかない。それを気軽にするためには、肩書きを持っている人も、それをはずして個人として参加してみましょうよというのが原則です。もう1つが、「何事も強制されない」ということです。自分が手をあげないかぎりは、あなたこれやりなさいということはいわれない。逆にいいますと、今まで会合に出たら、何か宿題を持って帰ってしまった。行ったからイベント手伝わなきゃならなくなったとか、あるいは清掃やらなきゃならなくなったとか、「そんなんやったら家で寝てた方がいいわ」という人の方が増えてくるわけです。そうではなくて、自分のペースでやれたらいいという話を最初にしましたが、自分ができる、あるいは自分がやりたいと思うことに手をあげてみてください。それ以外のことは別に手をあげなくていいし、ほかの人もあなたがやりなさい、というようなことは言わないということです。しかしこれはかなり人間の度量が大きくないとできない。こんなことが起こります。続けていると2年間座り続けているだけで、何にも動かない人がでてくるわけです。そんな方に、みなさんはどう思うかです。ある方は「なにあの人、2年間何も動いてないやん。私一生懸命いろんなことやっているのに」と思った。口には出しませんけれど、心のなかで、その人に強制しているわけです。こういうこともいけないよということです。ボランティアという言葉が先程の高口先生のお話にもありましたが、ボランティアというのは自分のペースで、自分の気持ちでやるものですから、ボランティアの鉄則は、自分の物差しを人に当てないということです。毎月毎月いろんなことができる人もいるけれども、半年に一度しか動けない人もいる。でも自分のペースでできるのがボランティアですから、そういう意味では、私は一生懸命がんばっているのに、この人はどうやろう、というようなことで自分の物差しを当てないということです。私はこう考えます。この2年間、24回の会の中で、何も手をあげなかった方は、たまたまこの24回の会の中に手をあげられることがなかったのではないでしょうか。ひょっとすると25回目にその人が手をあげられるような話題が出てくるかもしれない。そういう風に考えたらいいんじゃないでしょうか。ただ今まで1度も動いていない方はめったにおられません。例えば、あるイベントで企画はできないけれど、当日は1時間だけ手伝うという人もいます。そういう形でみんなが無理なくやれる仕掛けにしませんか、というのがもう1つの原則です。 それから、会の進行はどうやっているのかというと、話題は当日の持ち寄りです。これも今までの会議と違います。今までの会議は始まる前にもうすでに主題というのが決まっていました。主題の1番何々について、主題の2番何々、ということなんです。しかしこの集まりは、ブラっときて、その時の話題をみんなで出し合うということです。これをもちかけますと、今までの会合に慣れていらっしゃる方は、不安になるわけです。みんなが話題をもちよってくれたらいいけれど、なにも話題が出なかったらどうしようという不安に陥るわけです。2時間もつだろうかというように思ってしまう。特に地域活動をずっと続けていらっしゃった方はお世話好きの方が多いので、ついつい2時間間を持たせたいと思うわけです。先程八尾の事例を言いましたが、東山本小学校区というところで、そのお世話役さんは最初の頃は、世話役さんばかり集まって事前会議をして、裏ネタというのを3つほど仕込んでいました。「誰も出さなかったらこの話題を出そう」、という話がありました。しかし、これを1回も使ったことはありません。ネタがない時は3分くらい沈黙が続きます。「さあこれからはじめますよ、話題はないですか」というと、2,3分沈黙が続くときがあります。でも3分くらいたつと、誰かがぼそっと言った話題で盛り上がって30分くらい経つ。一回そこで歯車が回りだすと、次から次に話がでてきます。逆に、話題がないのがなんであかんのや、ということを考えないといけないんですよ。話題がないというのは、地域にとっていい状態ではないか。月に1回集まっているのに、集まったときにみんなに話題がないということは、その1ヶ月地域が無事平穏に過ごせていたということじゃないですか。だったら喜ばないといけない。今までのまちづくりは、逆です。問題のないところに出かけていって、「問題や問題や、何とかせなあかん」とけしかけた面もありました。そうではなくて、話題がないことのほうが喜ばないといけないのじゃないですか。四方山話(よもやまばなし)で2時間たってもいいし、本当に話題が盛り上がらなかったら、「今日は15分で帰りましょう」と言ったらいい。7時から9時の予定が15分で帰れたらうれしいじゃないですか。これが2ヶ月も3ヶ月も続いてしまうと、別の不安がよぎるんですけどね。ここに来てもしょうがないということになる。それが大きな間違いなんですね。本当に何か起こったときに、すぐに立ち上がろうと思ったら、平常時に用事がなくても1ヶ月に1回集まっておくことが大事だと思います。そういう形で、無理のない形でやってはどうですかというのが、みなさんへの提案です。 それからもう1つ不安があります。開催して何人きてくださるかということなんです。まちづくりの会合をお手伝いするときにまず最初にいつも聞かれます。「先生、会場どれくらいの大きさの部屋をとったらいいですか。200人も来たらいっぱいになります」と。私の経験でいうと200人も入る部屋は必要ないです。多くて50人、だいたい最初の会合は2,30人です。経験上2,30人集まるといい線だなということになります。場合によったら数名しか来ないこともありますが、そのときに2,30人来てくれる事を期待していた人にとってみると、5人だったらがっかりするわけです。だから何とかたくさんの人に来てもらおうと思うんですけど、あまり無理しないでいいんじゃないですかと私は言っています。世話役2人いたらできますよね、最初は2人からでいいじゃないですかと。何人集まるとか、話題を決めておかないといけないとかじゃなくて、場所だけつくって、そこから何かが始まる、そういうことを期待するような空間づくりというのがあったらいいなと思います。世話役さんはとても簡単ですよ。世話役さんがすることは、会場をとるだけです。会場をとって、もう少しするなら机をきれいにならべておく、そして人が来るのを待つということです。そして来た人が話題を出して、ワイワイガヤガヤやって2時間たって、そこからいろんなつながりがうまれていく、こんな会合をいろんなところで仕掛けをさせていただきました。 先程、話だけで流れてしまうのではないかという話をしました。私は流れませんとお答えしました。なぜ流れないか、そのポイントは参加者がどれだけ積極的に動かれるかどうかなんです。別の言い方をすれば、人のせいにしないこと、人任せにしないことです。逆にいいますと、文句を言う人ばかりきたら、話は重たくなります。「何とかせいよ」というなら、「あなたは何をするんですか」というと「俺のことやない、自治会の役員何とかせいよ、あるいは行政が何とかせいよ」ということになってしまうから、なかなか動けないんですね。そうではなくて、交流の場に集まる方は、誰かが話題を投げかけて、私ならどうするだろうか、私なら何ができるだろうか、ということを考えてくださる方ばかりなので、うまく前に進むわけです。あまり言うとおこられますけれども、最初の1,2回は文句をいいに来る人もいます。でも3回目以降は、文句だけの人は来なくなります。文句を言っても仕方がない会議や、ということを悟られるわけです。ですから3回目、4回目に参加される方は、前向きで、いろんなことに取り組んでくださる方が集まって、そういう前向きな方のネットワークが地域の中にできあがっていきます。ここがポイントだということですね。それから世話役さんが不安になるのは、本当にみんながこの場を面白く感じているのだろうかとか、あるいは魅力を感じているのだろうかということなんです。この会合のお土産は自分で作り出していくもんだ、あるいは魅力というのは自分で感じるものなんだということです。すべて自主的にやっていくわけですから、例えば「この会議おもしろくないやないの」と言ってしまうと、まわりの参加者からこういった声が返ってきます。「それやったらあんたがおもしろいテーマを出したらいいやないの」という話になります。それを別の言い方をすれば、「ひとりもお客さんをつくらない」ということです。今まではたくさんお客さんをつくってきたから、世話役さんがしんどかったわけです。みんな自分でやりましょうよ、という形にすると世話役さんは楽になります。いろんなイベントを仕掛ける、そうすると100人、200人集まってくださいます、最後に帰る人のほとんどの口からどんなことが聞かれるかといいますと、「来年も期待しています。来年もがんばってください。」ということになるわけです。そうすると役員さんにとっては非常にプレッシャーがかかってくるわけです。また今年のようにがんばらないとあかん、という話になってくる。そうではなくて、みんなで少しずつできることを持ち寄るということが大切ではないでしょうか。 |
||||||||||||
| 3.21世紀のネットワーク社会 | ||||||||||||
| 実は私も当初は気づかなかったのですが、私が仕掛けをいろんなところでさせていただいているものが、これからの世の中、つまり21世紀の社会に必要なものなんだということを最近いろんな場面で気づくようになりました。先程高口先生のお言葉の中に、「古いまちづくり」というものがありましたが、じゃあ「新しいまちづくり」とはなんだろうかということを私なりにこれからみなさんと一緒に考えてみたい、整理をしてみたいと思います。集まってワイワイガヤガヤするというのは、実は21世紀型じゃないだろうか、と私は最近思っています。 「21世紀のネットワーク社会」の中に、人間型からクラゲ型というのがあります。人間というのは中枢神経として脳というものがある。末梢神経から情報が集まって、すべて脳に集まり、脳で情報が分析されて、命令という形でまた末梢神経におりていきます。つまり、脳という中枢があって動いているのが人間である。一方でクラゲ型というのは何だろうかということなんですが、クラゲには脳はありません。脳はないのに一定方向に動いているわけです。これは人間のしくみと違うんですね。人間は脳という中枢から命令という形で情報がだされているんですが、クラゲは脳がないのにみんなが同じ方向にいく。どうやってクラゲは動いているかというと、細胞1つひとつが対等な関係になっているわけで、すべての細胞が情報交換しているわけです。それでこちらの方向へ行こうよとみんなで決めて動いているから、クラゲは動けるわけです。少しわかりにくいかもしれませんので、みなさんが幼稚園の先生になって、10人の園児をどこかへ連れて行く、例えば一心寺に連れて行くと考えてください。どうやったら園児を効率的に連れて行けるか。先生が命令したらいいわけですね。「さあ、みなさん前を向いてください。一列に並んでください。さあ歩き出しましょう。次の交差点左に曲がっていきましょうね。」誰か一人が命令したら、効率的に動きます。これが実は人間型なんです。脳が全部命令しているんです。ところがクラゲ型でも、私たちはグループで動くことができます。しかし人間型に比べて非効率です。例えばどうしたらいいか。幼稚園児は少し難しいかもしれませんが、友だち4人でどこか旅行にいったとしましょう。さあどこへいこう、歩き出しました、交差点に来ました、「この交差点を左に行こうか、右に行こうか」と交差点に立つごとに相談したらいいんです。「さあどっちがいいかな。左に行きましょか」「じゃあ行きましょうか」、次また交差点に来ました。「さあ次どっちへ行く」といちいち全部相談して決めていったらいけるわけです。確かに時間がかかって、ある意味では非効率かもしれません。けれどもひとつひとつの場面、場面で相談しても動けるわけです。ここには命令というものは存在しないわけです。みんなで相談して決めているわけです。さてそれを少し小難しく言うと、「ツリー型・ピラミッド型組織からネットワーク組織へ」ということになるわけです。20世紀の組織というのはだいたいツリー型とか、ピラミッド型といわれているものです。部の下に複数の課があって、その課の下に複数の係がありますから、枝が分かれていくようになっているからツリー型、上が小さくて、下が大きいからピラミッド型といわれるものです。ここから流れてくる情報というのは、上意下達、命令です。部長の命令で課長が動き、課長の命令で係長が動き、係長の命令で係員が動くというような形です。これはある意味で効率的です。でもその命令は一人ひとりの意思を尊重しているかというと、そうでもないわけです。組織の意思で動いているわけであって、一人ひとりの個人の意思を尊重しているかというとそうではないわけです。一方でネットワーク型という、21世紀型のやり方があります。このネットワークというのは、みんなが対等に結びついているわけです。こういう世の中をつくることが、できるかできないかということなんですね。最近、滋賀大学経済学部の太田肇先生がいろんな本を書いていらっしゃいますが、太田先生は、「組織人から仕事人へ」という言い方をします。20世紀型が組織人で、21世紀型が仕事人ということなんですが、組織人というのはまさしく組織に所属して仕事をするわけです。高校を卒業する、大学を卒業すると何で就職活動をするのか。会社に入らないと、あるいは役所に入らないと仕事がまわってこなかったからですね。組織が仕事を受け取って、組織で仕事をしているから一個人に仕事がまわってくる。こういうので動いている人を組織人というわけです。ところが今はフリーランスの人が非常に増えました。フリーランス(特定の組織に属さず仕事をする人)で仕事ができるわけです。これはインターネットとも関わりがあるのですが、インターネットのホームページ上で仕事をまわしたり、とったりすることができるようになったということも非常にフリーランスが増えた1つの要因なのですが、その仕事の都度仲間を募って、グループをつくって仕事をする。組織に基づかないから、仕事で仲間ができるから仕事人と言っているわけです。ところが仕事人で仲間をつくるとか、あるいは仕事につなげるためにはある仕掛けがいるわけです。組織があったら、所属しているだけで仕事がまわってくるんですが、フリーランスでブラブラしている人に仕事がまわってくるかどうか、それにはある仕掛けが必要なんです。情報をまわす仕掛けが必要なんです。自分の手元に情報がくる仕掛けがいる。これをプラットホームと言います。情報社会で重要なのは、プラットホームの存在です。プラットホームというのは、駅のプラットホームと同じように、みんなが集まって、そこでいろんな人に出会う場所、これがプラットホームです。インターネットのホームページがプラットホームになっているわけです。インターネットのホームページに自分の情報を書くから、ほかの人が見てくれる。あるいは、ほかの人が情報を発信したホームページを見るからその人とつながれる。インターネットというものも仮想社会のプラットホームになっているわけです。私が言っている「交流の場」というのは、実は地域の中のプラットホームをつくろうということなんです。いろんな人がそこに行ったら、出会いがある、場所さえあれば、そこに行ったら出会いがあり、仲間が見つかるよ、ということを地域の中で仕掛けませんかと言う話です。これがこれからの世の中の動きではないだろうかということです。 |
||||||||||||
| 4.活動組織と交流の場 | ||||||||||||
| 今私が注目している説に「パットナムの社会資本論」というのと「ウェンガーの実践コミュニティ論」というのがあります。この2つは私の今の動きを思想的に支えてくれる話となっているわけです。パットナムという社会学者は、いくつか本を書いています。「哲学する民主主義」(Making
Democracy Work)という本がでているのですが、そのなかでパットナムが社会資本論という言い方をしているのは、地域の力、地域のコミュニティ力なんです。イタリアの地方政府を調べて、うまくいっている地方とうまくいっていない地方がある、ということをデータ的に説明しているわけです。うまくいっている地方は、何が一番の鍵だったのかというと、地域のコミュニティがあることだということなんです。ここではイタリア南部と北部のことが書いてありますが、同じように地域の資源があるけれども、イタリアの北部はそれをうまく活用して、経済的な成功を収めている。イタリア南部は同じように地域資源はあるけれどもそれをうまく使いこなせていない。どこに違いがあるのかということを分析して、それは地域のコミュニティの力だということを見出しているわけです。それをパットナムは社会資本(social
capital)と呼んだわけです。今まで社会資本といえば道路や下水道、電話線を整備することが社会資本といわれてきたんですが、それも重要ですが、パットナムが最近言っているのは、それ以上に地域の人たちの力、地域のコミュニティの力が社会資本であり、この社会資本を整備しないとうまくいきませんよ、ということを言っているわけです。 それから、ウェンガーの実践コミュニティ論。ウェンガーはもともと文化人類学者なんですが、今は組織経営なんかも分析していまして、例えば会社でも9時から5時まで所属して仕事をするのが組織、5時以降自由に集まってグループをつくるのが実践コミュニティという言い方をしています。面白い会社はこの実践コミュニティがしっかりしているという書き方をしています。 それから、桃山学院大学の牧野さんは、「社会的装置と相互行為空間」という言い方をしているわけですが、例えば会社で仕事をしているときに、同じ会社に勤めているということは社会的装置としての会社勤めと言います。しかし相互行為空間というのは会社を超えてつながっている、例えば取引先の人だとか、お客様だとかそういう人たちとつながっているグループがあります。そういうのを相互行為空間と言います。牧野さんは、そういう形式的なグループと、自由につながっているグループがあるという言い方をしています。そして、ウェンガーも牧野さんも、自由につながっているグループが重要なのだと言っています。 ウェンガーたちが、実践コミュニティで言っているんですが、5時以降みんなが集まって、ワイワイガヤガヤし始める、気軽な会話から始まるミーティングだという言い方をしている。例えば6時に集まりました。さあ今から会議を始めますという掛け声じゃなくて、雑談から入って、いつのまにか大事なことに移っていく、こんな進め方ができるのが実践コミュニティだという言い方をしています。実は昨日の晩、八尾で連合自治会長を中心にワイワイガヤガヤの会を月1回開いていますが、典型的な話がありました。昨日初めて参加された八尾市の職員がいらっしゃって、40分くらいたって「先生もう始まっているんですか」と私に聞くんですね。「もう議論に入っていますよ」と私は答えました。 それまでその人は雑談していると思っていたんです。その人はいつ始まるんだろうかと思っていたようですが、私たちにすれば、非常に重要な話題提供をみんなでやりはじめている。そんな肩肘の張らない集まりが地域コミュニティの中でできないでしょうかということです。誰がはじめたらいいのかという話がありますが、誰でもいいです。どこでもいいです。始めてくださいませんかということです。ご飯をたべながらでも結構です。ちょっと肩の荷をおろして集まった、そこから何かが生まれるようなそんな集まりを、いろんなところでつくってくだされば、今までのような堅苦しい、重苦しいまちづくりとは違う空気がそこから生まれてくるんじゃないでしょうか、というようなことでございます。また、始めたいなと思っている方がいらっしゃったら、私に声をかけていただければ、もう少し詳細にお話させていただきます。私がすでにいくつかお手伝いさせていただいていますところに、百聞は一見にしかずで、行っていただいたら雰囲気はわかっていただけるかと思います。また、今後ともお手伝いさせていただきたいなと思っております。以上で私の情報提供は終わりにさせていただきます。どうもありがとうございました。 |
||||||||||||
|
||||||||||||
| 宮本:まず高口先生にお伺いしたい事が3点あります。 (Q1)プロムナード構想のお話がありましたが、一般の人や地域外の人でも参加することが可能ですか?どんな形で参加させていただいたらいいでしょうか? というご質問です。 先生がお寺でまちづくりをされている事に関してのご質問です。 (Q2)行政は宗教的なものに関わらないということがありますので、行政とジョイントする場合、障害なども含めてどのように上手にお付き合いされているのでしょうか? (Q3)また、お寺というのはそもそも階段や段差などのバリアがあります。このバリアについてはどのようにお考えでしょうか? この3点についてお答えいただければと思います。 |
||||||||||||
| 高口:(A1)一番目のどのように参加可能かというお話ですが、私の予定ではパンフレットのプロジェクトが、もう少し進展するのではないかと思うのですが、今のところはお寺の坊さんが集まり、人形芝居フェスティバルという形で多少組織的な動きをしているというレベルで未だ留まっております。メシヤという話をしましたが、それを言っておりましたのは、色々な方と共に動くというやり方をとりたいなということで、まだこれからの話になります。 (A2)二番目の行政とのジョイントは非常に問題であります。まずタイトルを本当は「寺町活性化計画」としたかったのですが、そうするとまず行政に拒否されるというので『茶臼山プロムナード計画』と何か訳の分からない名前になっているのはそういう訳です。計画の内容では、「夕陽ヶ丘」という単語を取りあえず使っていますが、「そもそも大阪市が決めた風致美観地区の充実を提案しているのであって、お寺の充実は一切考えていない」というふりをしています。一応その辺の気持ちは十分理解していただいているのではないかと思います。 (A3)三番目の寺のバリアフリーはおっしゃる通り非常に根本的な問題です。先程はあまり正確にお話しすることができませんでしたが、一心寺の元々の境内の外側に一心寺シアター<倶楽>というホールがあるのですが、その地上階の所に三千佛堂というものを二年前につくりました。そこは道路に面してドアが開き、靴のまま入れ、椅子があり、誰でも勝手に座ることができるという場所です。これは「開かれた寺」という言葉で語られる基本イメージで、坊さんなら皆、これが良いということが分かるのです。従ってお寺の人達(業界)にとってインパクトがあったらしく非常に注目をされております。 結果的には何も問題は起こっていないのですが、道路に対して扉を開けるということ、靴も脱がずにスッと入って勝手に出入りするということはどういことかと言うと、先程お話しした三千佛堂の講堂の中には非常に大きな仏さんの絵が書いてあります。誰かにスプレーを持ち込まれバーッと噴射されると大変な問題になり、それを防止するには柵が要るのです。柵がないのですから誰でも入ってくる。夏場は空調が効いているので、椅子に座って居眠りしようと入って来る人と宗教的な関心で入って来る人、それを私共が区別する気は全くありません。従って、かなり精神的にはしんどい訳です。おまけに何か盗られるじゃないかと言い出すと品の無い話であって、そう簡単ではない。しかしながら、仰っているようにバリアフリーで、かつ、開かれた寺、これが今日本の(仏教に限らず)全ての宗教が対応するべき課題だと私は思っています。 |
||||||||||||
| 宮本:続きまして久先生へのご質問です。 (Q4)まずラウンドデーブルに対してですが、「これはノンアルコールの場ですか」というご質問がありました。質問された方の所では「お酒が出ないの?」という声があるそうで、ワンコインでお酒を出されているそうです。先生のご紹介いただいたのはどうでしょうか。 (Q5)二番目はラウンドテーブルの中で他人の批判をすることもあるのではないかと思うのですが、どのようにされてますか? というご質問です。 (Q6)三番目は、最初は「(ラウンドテーブルを始めるのなんて)簡単だわ」と思ったのですが、さて皆さんに知っていただくために、どのようなことをされているのですか? という3点についてお願いいたします。 |
||||||||||||
| 久先生:(A4)私がお手伝いしている所はすべてノンアルコールです。なぜかと言うと、酒の席ということを上手く使う人が出てくるからです。翌日になると「酒の席なので忘れてしまった」という話が出てくるのです。度を超すと、酒を飲む場なのか議論の場なのか分からなくなってしまいます。1杯位ならいいのかもしれませんが、1杯が2杯になりますよね。ですから、ラウンドテーブルの行われている2時間の間はノンアルコールです(それ以降はかまいません)。 (A5)二番目の他人の批判についてですが、一言で言うと起こりません。起こらないのはなぜかというと、前向きな人が残っているからです。前向きな人は大体他人の批判をしません。そういうことです。批判が出ると誰かが注意するでしょうね。進行役が注意するのではなく、皆がお互いの事を考えながら「ちょっとそんな批判をするのは、まずかったのではないかな」という形になってきますので、そのあたりは今のところ上手くいっています。 (A6)三番目の広報の仕方ですが、色々なやり方があります。ポスターを貼らせてもらったり、チラシを置かせてもらったりというような事をやっていますが、軌道に乗ってくれば殆ど広報はしません。なぜかというと定例化してしまうのです。例えば先程お話しした東山本の場合は、第二水曜日の7時半から9時まで山本コミュニティセンターだということを決めますので、後は広報は要りません。例えば、去年の8月の集まりは13日だったのですが、7月の会の時に、お盆で出かけて誰もいないから止めようという話が出ました。東山本は半分旧村で半分は新興住宅地なのですが、旧村の方が「ウチの村ではどこへも行かへんやないか。やろうやないか。俺は行くで。」ということで8月13日にやりました。盆であろうが正月であろうが、常にやっているということを決めておけば、いちいち周知徹底も要らなくなります。そういうやり方を他の所でもやったらどうか。他の所もだいたい定例化ですね。 それをどうやって拡げていくかと言うと、地域活動や市民活動をやっていると分かりますが、ビラとかは効果が無いのです。一番効果があるのは口コミです。だから口コミでジワジワと増やしていくという形の広報をさせていただいています。 |
||||||||||||
| 宮本:(Q7)引き続き久先生にお伺いしたいのですが、ネットワーク社会をもう少し詳しくということです。その社会が育っていくと自治会というのはどうなるのでしょうか?というご質問です。また、どうやって全員の意見を汲み取るようにするのですか?皆の意見を汲み取ることは必要だと思っているのですが、大変な作業だと思います。この辺についてどのようにお考えですかというご質問がございます。 | ||||||||||||
| 久先生:(A7)組織で動いた方が良い場合とそうじゃない方が良い場合とがあります。今までは、ほとんどの場合が組織だったので、少なくとも半分位は組織に頼らないで動けるようになれば良いなというつもりで、そちらの方を強調させてもらいました。そうなってくると自治会はいらなくなるのではなく、自治会は自治会として必要な機能が整理がされてくると思うのです。そういう形で新しい形が出来た時には、今まであるものも少しずつ変質させながらやっていったらどうでしょうか、ということです。 具体的に言うと、先程の東山本です。幾つかのイベントがそこから生まれているのですが、3月21日に「春ごと(菜種御供祭)」というのが農村でありました。春に皆が酒や食べ物を持ち寄ってワイワイガヤガヤする歌垣の世界から流れてくる伝統の行事なのですが、それを復活させようという話がラウンドテーブルの中で起こりました。去年は1月にドンドをやっているのです。「皆が集まって来るから3月は『春ごと』だ」と誰かが言い出して、やろうやという事になり、有志を募り動きました。新しい形です。組織で動かないといけない部分とネットワークで集まって動いた方が動きやすい部分が当然出てきますから、それを巧みに振り分けていける。どう振り分けるかという話もラウンドテーブルの中で決まってしまう。皆で話をすると役割分担が自ずと見えてくる。全員合意ではなかなか難しいのです。ストレートに言うと、交流の場は合意形成のではありませんから全員合意というのは図る必要もないし図るべき場所でもありません。もし全員合意が必要なら別の場所でやらなければならない。自治会の場合や、ハードなまちづくりなら、まちづくり協議会というのがあり、そこで全員合意が図られるべきかもしれません。 そこでちょっと皆さんに考えて頂きたいのは、本当に全員合意じゃないと動けない時というのはどんな場合でしょうか。実は日常、そうは無い筈なのです。例えば先程の「春ごと」にしても、全員が合意しないと動かないものではありません。有志が集まって来たい人が集まれば出来るのです。全員の議決が必要なのは非常に重大な事で、なおかつ多分個人の権利が絡むような事だけです。他の話は全員合意じゃなくても出来ると思います。本当に厳格な合意形成が必要な場面と高口先生がおっしゃったような趣味のまちづくりで動く部分とを、そろそろ仕分けして使い分けていく必要があるのではないかという気がするのです。そのようなことを考えていくと、上手く組み合わせが考えられるのではないかと思います。 |
||||||||||||
| 宮本:(Q8)やはり声の大きな人の意見が地域の中に響いていること、また地域の町づくり協議会についても設立された時のことは随分後になって知り、地域のボスが勝手につくったのではないかと思ってしまう。軒を低くするには、何らかの働きかけやハードルの低い働きかけ、或いは皆が分かるような広報の仕方をするべきだったのではないか、というご意見もあります。今の先生のお答もその辺につながっていくのかなと思うのですが。声の大きい人ばかりという言われ方や地域のあり方について先生はどのようにお考えでしょうか。 | ||||||||||||
| 久先生:(A8)交流の場合は、声の大きい人の意見ばかりが通るということは滅多にありません。そういう雰囲気でやっていないからです。 なぜ声の大きい人が声を荒立てるかとか、地域ボスというのが生まれるかですが、私も地域活動をやりながら思うのですが、そこには金と名誉が絡んでいるのです。両方持てるから地域ボスになってしまうのではないでしょうか。まちづくりとは、もっと楽しいものです。金も名誉も構わず皆でワイワイガヤガヤやったらいい。そんな事をもっと増やしていけば、金と名誉が絡んだ地域ボスとかやり方も追々変わってくるのではないかと思います。私がなぜこんな事をやっているかというと、そこに別の主体が来て皆が和気あいあいと集まって動き、活気づけば活気づくほど、地域ボスも自然と変わらざるを得ないので、外からジワジワとプレッシャーを掛けようということもあってやっています。そのあたりもバランス良く組み合わせてやっていただければいいのじゃないかと思います。 |
||||||||||||
| 宮本: ということで、外側からの趣味のまちづくりということで、もう一度高口先生の方に戻っていきます。 (Q9)先程メシアの話に触れていただいたのですが、具体的にどういう事ですか?名物や地域の物を作ることですか?食べ物の食べ方を考えるということですか?今スローフードの運動がありますが、そういうことでしょうか? というご質問が出ています。 それから資金面では仏さんに稼いでいただいて、ということでしたが、まちづくりをやっていく上では資金は必要なので、他にどんな工夫をされているかということもお聞きになりたいのだと思います。 |
||||||||||||
| 高口先生:(A9)本当はあまり言いたくないような話なのですが…。久先生はかなりたくさんのことをやっておられるようだが、私はある場所のある特殊な事を一つだけをやっているので同列に論じられないことがあるのです。一番の違いを言うと、私はやはり地域ボスなのです。金も名誉もあります。ですから私が寺町の所で声を掛けて人形芝居フェスティバルをやろうといろいろ喋っていた時に、僕が「あなたが思っているほど強権的な人間ではないから何でも言ってくれ」と言うと、一人の若い坊さんがいみじくも「そんな事を言われても貴方の今の存在は江戸末期の黒船だ。黒船が目の前に大砲を突きつけて開国しろと言っている。するとかしないとか、いろいいろ議論しているが、もう開国しないとしょうがないんじゃないか、というように私には見える。」と言いました。僕は「なるほど仕方がないですね。」と言ったのです。やはりそういう問題はあります。 実際どうしているのかというと、人形フェスティバルみたいなことをやろうじゃないかということも、当初は久先生が仰っているような平等の原則で、僕がふと言い出した→ そうするとそれにふと同調する人が出てきた→ 会計もそれぞれ出せる分を出そうじゃないか→ そういう独立した意志を持った人達が連合することによってある事態が成立する、という形にしたかった。ところがなかなかそうはいかない。「あんたの所にお金があるから出してくれたらいいやないか」、という感じです。結局、今のところはそれに係るお金を全面的に出しているのです。私が出していると言うと話が非常にややこしくなるので、「いえいえ、これは私が出しているのではない、仏さんが出させているのだ」というように言っています。皆、坊さんだから、「俺の金でもあり貴方の金でもある」という曖昧な事を言わざるを得ないという問題もあります。 それからメシアという話です。先程から久先生が、交流の場は非常にフランクな、テーマも無い方が良いというような、非常に自然発生的な成り行きというものとしてお話されていますが、特にどういうふうに具体的に、どんな顔をして横に座っているのかということが非常に掴みにくい。これは久先生だから出来るのではないかと思います。そして私はというと、その交流の場に、非常に顕然と存在してしまうのです。ですから、私が「今日は特に用意してありませんが、何でも仰って下さい」と言っても5分経っても何も言わないのです。それはそこに私がいるからです。ですから私の課題というのは私を消す事なのです。私の頭脳と権力を消さないといけないのです。頭脳と権力が問題にならないというと“カレーライス”です。誰もが同じレベルで対応できるカレーライスです。材料についても全く平等に対応できるカレーライスです。これをつくって食うという事を媒体にする限りは、私はもうタダの一人に過ぎない。そのカレーライスを食う会というのが何とかできれば、それを食っている間に色々起こるのではないかと一生懸命考えています。ですから今やカレーライスをどのように食うかという事を日夜考えているのです。 |
||||||||||||
| 宮本: 高口先生の存在を消していくという事は、次の担い手、或いは今いらっしゃる中からも次のリ−ダーを、という部分もあると思うのです。 (Q10)「継続させていく工夫」「歳をとってリタイアされた人が中心の所に若い人もどんどん入れていくとか、そこから抜けて新しいメンバーが入ってくるという流れを作っていくのにはどんな工夫がありますか?」ということも踏まえて久先生にお話しいただけますでしょうか。 |
||||||||||||
| 久先生:(A10)私も地域のリーダーさんがどうするかという話も色々と考えさせてもらっているのです。東山本の半分は満願寺という400年位続いた農村集落で、お寺を中心として広がった集落なのです。そこが変われたのは実は区長さんがとても新しい方だったからです。60歳になったら区長になるという制度をとっていますが、近頃は農村集落の区長といっても農家の方は少ないのです。たまたま去年区長になった方は建築家でした。その方が区長になったら非常に村が変わったのです。皆さんが質問票に書いていた地域のボスというのは悪い人ですね。どうしても動かない、何かやろうとしても妨害するような人を標榜して言っているのだと思います。一方で、地域リーダーと呼ばれる方は権力を持ち、それを楯に短期間で地域や組織をガラッと変えてしまうという使い方ができる。それはそれで良いだろうなと私は思います。だから高口先生が言われたような動きをされることは、ある意味で合理的、効率的な動きという面ではいいかなと思うのですが、十年二十年経った時に違う方にバトンタッチする時にどういう形で上手くバトンタッチするかということだと思うのです。 先程、引退されるというお話があったのですが、昔は必ず地域の中にご隠居さんという、口出しはあまりしないが、いざ困った時に非常に絶大な権力や或いは地域の裁判官的な役割をされる方がおられました。そういうご隠居さんというのがもっともっと地域の中に居ても良いという気がするのです。ご隠居さんは普段の無事平穏な時は殆ど発言しないし、若い人に任せておくということだと思うのです。従来から、まちづくりとかをいろいろな立場でする時があるのですが、十代の人が参加しないというのは参加させない仕掛け・仕組みをつくってしまうからなのです。先程の人形芝居フェスティバルというのはそうだと思うのですが若い人が動きます。何故かというと上がガヤガヤ言わないからです。企画を任せたり、「自分達がやりたい事がやれるように動いたら良い」という言葉に若い人は凄いパワーを発揮します。そこを「ああでもない、こうでもない」と言ってしまうから、だんだん萎縮してしまうし、「なんや、あんな爺ちゃん婆ちゃんと一緒にやれるか」という話になってきて別れてしまうのです。本当にどうにもならない事態になるまでは、我慢して我慢して任せてしまうというのが重要ではないかなと思うのです。これは地域社会ばかりでなく会社の中でも同じだと思います。若い人に仕事を任せる上司の方が下を育てているのと同じように、次の世代の方々に権利委譲とか活動の実態を担ってもらえるような形で上手く繋げていくということができたら良いと思うのです。その時に、古来からあるご隠居さんという仕組み・制度というのは非常に良い制度だと思うのです。だから高口先生も今年からご隠居さんになるということではないかと思います。 |
||||||||||||
| 高口先生: まさにです。とにかくお寺の住職というのは非常にはっきりした仕事です。これはサッサと譲るべきだ。高度経済成長時代の我々の世代は頑張りすぎた。もっとサッサと引退して若い人達に任せた方が良い。先生のおっしゃるとおり私は隠居になるつもりです。 先のカレーを食う建物の中で、私はどのように時間を過ごしているのかという話をさせていただきますと、以前、たまたまビリヤードの台を貰ってくれないかという人がいまして。私は、学生時代に1日のほとんどを玉突き屋にいた時代もありましたので、「これはいいわ」と作業場に使っていた所に玉突き台とカラオケを置きました。横にダーツもあります。酒を飲んでダーツをやり、玉突きをやり、歌を歌っているのです、毎日。そうすると、いろいろな人が来るのです。 |
||||||||||||
| 久先生: なかなか面白いですね。私達も打ち合わせの時にちょっと覗かせて貰ったのですが、とても良い空間だなと感心して見させていただきました。私達も先ほど「井戸端会議」と言いましたが、枚方がこの3月から始まるという話をしました。その枚方の方が北千里や他の所を覗いて下さいました。その世話役の方が「これは井戸端会議ではないな」と言いました。なぜかと聞くと、「本当の井戸端会議はそこから何も生まれない、でもこの井戸端会議はワイワイ言いながらも非常に重要な情報がそこにある」と話していました。なぜそうなるかという話では「一人一人が、思いつきの発言かもしれないが、責任を持って発言していますね」と言われました。責任を持つという事を私なりの解釈させてもらうと、やりたいと言った時に自分がやろうという意志を含めて発言している。だから単に無責任な話になっていない。それが井戸端会議と違うというところだという話でした。 高口先生のお話の中には共感する部分がたくさんありました。趣味のまちづくりという話で、私が文化、私が文化人という話がありました。単に活動していても文化につながる活動や文化を生む活動、文化を生まない活動があるという気がします。文化庁と文化のまちづくりの研究をやっていた時、「今まで文化庁は歴史文化と芸術文化ばかり対象にしてきたが、これからは生活文化ということも文化庁の対象にしないといけないですね」と我々は言っていたのです。その生活文化の中で、産業も重要な生活文化なのだが、私も含めた研究会の人達の中で産業という言い方にちょっと抵抗がありました。研究会の中でどういう言い換えをしたかというと『なりわい』という言い方をしました。『生業』と書きます。「『なりわい』は文化になるけれど、産業活動は文化になっていない部分がこの何十年かあるなあ」という話をしていました。そういう意味では今までは皆がどんどん生み出してきているのだが、いわゆる文化に成り得ていない活動もあったり、或いは先程の趣味の話で言うと、勝手な活動と趣味のまちづくりとは違うという気がするのです。節度というか暗黙というか、またルールのようなものが何かあるのか、その辺りでもう少しお話を聞かせていただきたい。 |
||||||||||||
| 高口先生: まさにおっしゃる通りで、ちょっと痛い所を突かれています。あまり統制的にやろうというイメージに立っている訳ではないのですが、先程ご紹介させていただきました鎮守の森的な状況になれれば良いな、と思っているわけです。ところが「鎮守の森」という言葉は、言うのは簡単だが、実はお寺に木がうっそうと生えているという事はとんでもないことなのです。例えばお墓の所に木が生えているというのはタブーみたいな事になっています。従ってそこら辺りが森であるということは、実際に絵を描こうというと非常に限定されます。お寺について言えば一本の大木を、せめてなんとか二本位生えるようにして下さいよとか。道路に近い所は根が張ってくるとそこのお墓にどいてもらわなくてはいけないのです。いろいろなノウハウを提出した上でイメージをつくっていかねばならない。そのイメージをつくるという作業は非常に手間のかかる話です。これを随分時間とエネルギーをかけてやっていかないと、結局のところ成り立たない。従って、言うは易く、なかなか出来ないだろうなと思っている訳です。作戦を立てるならもの凄く回りくどい事をやらないといけない。例えば墓相という話があるのです。墓相というのは住宅の家相と同じで、南向きでサンサンと陽が当たるのが良いと言われているのですが、墓層を根本的にひっくり返すくらいの事を企まないといけないのです。陽の当たる墓は縁起が悪いという説を私達が勝手にでっち上げて、それをそこらに蔓延させていかないとダメなのです。それで根が生えてきてお墓が傾くのが非常に縁起が良いとか。そういうのをやっていかないと、今言っている話は成立しない。従って、一体どういう格好にもっていけば良いかという事のスタディが実はもの凄く制限されている。 | ||||||||||||
| 久先生: 高口先生がおっしゃった話は、まさしく我々がやっている町づくりの仕組みとか仕掛けの部分にあたるのです。つまり、私が墓相がどうといっても何の権威もありません。一心寺の高口住職が「昔はこんなんじゃなかった」と言われる事で権威がつくのです。だから誰がどの場面でどういう発言をするかという事で、世の中や地域が簡単に変わったりする訳です。それを皆で仕掛けるのです。これはあまり表に出せない話ですが、実は「オープンで話をしましょう」という一方で、裏で仕掛け人がいろいろと仕掛けをしています。この前もある所で「先生ここでこういう発言をして下さい」とか言われるわけです。そういう形で然るべき人が然るべき所で動いて、最終的にそれが自然発生的に動いたように如何に見せるかという事がとても重要なポイントではないかなと思います。今日は私の話を表層的にとってもらって、何か集まってワイワイガヤガヤやったら勝手に物事が動くというのはある意味で正しいのですが、実は動かせるような仕組み・仕掛けを裏で色々な方(数人のメンバーでよい)がやっていって、それが組み合わさってこそ地域が動いたり、まちづくりに繋がっていくことをつけ加えて終わらせていただきます。 | ||||||||||||
| 宮本: まだまだお伺いしたい事がいっぱいあると思いますが、ご紹介できなかった質問票が4つありました。宗右衛門町のまちづくりをされている方のご質問もあったのですが、今のお話で大分フォローできたかなと思います。それから「大阪では駐輪問題が各地域であると思いますが、それ以外にも高層のワンルームマンションなどが建って電波障害や住環境の乱れとかあるのですが、そんな問題についてどのようにお考えですか?」というご質問がありました。そして、「今回のお話はわりと小さな地域限定、或いは特定地域限定とかありますが、全市的な町づくりとかはそのような積み上げの中から見えてくるのでしょうか?どのように取り上げたら良いのでしょうか?」というご質問もありました。また、「組織人から仕事人へという中で、会社に勤務するのでなく働ける仕事、特に町づくりの中でも、そういった仕事はあるのでしょうか?」というご質問もありました。 このあと、交流会という形でフリーのトーキングをさせていただきたいと思います。先生方もお残りいただけますので、今お答えいただけなかった4つのご質問、その他にもぜひ聞いてみたいことがあるとい方は、先生を囲んでフリーでお話をしていただければと思っております。4時40分まで時間をとらせていただいています。また、こんな活動をやっていますというご紹介も掲示板に出ていますので、ご紹介された方との情報交換などもしていただければと思います。それではここで中締めということで、久先生と高口先生にお礼の拍手をお願いいたします。 ありがとうございました。 |
||||||||||||